スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

尾久を散歩する111

今日の話題は「荒川を歩いて下る 遥かなる20キロの旅」です。

私の住まいは隅田川に近く、尾久橋を渡るとすぐに荒川に着きます。
この辺は「足立小台」と言われている地区で、地図で確認すると隅田川と荒川がもっとも接近する地点です。
いつか、荒川を、ただただ、ひたすらに歩いて東京湾まで到達してみたいと考えていました。
そこで、10月20日(土)27日(土)にて決行することにしました。
本当は1日で済ませる予定でしたが、2日間となったのは、私の「体力の無さ」が原因です。
目標とする終点は新木場の夢の島にあるスポーツ館内のレストラン。
このレストランは土曜日曜のみ1150円のバイキングを実施しており、散々歩いたご褒美として、腹いっぱい食べようというわけです。

荒川河川敷を散歩するとスポーツをしている学生が目につきます。
野球、サッカー、女生徒ならソフトボールが定番なのですが、フリスビーを用いるスポーツがさかんに行われているのがわかります。
しかも、野球やサッカーに負けないくらいの数の多さです。
そこで、私も少し調べてみました。
このスポーツは「アルティメット」と言うらしい。
競技で使われるフリスビーのようなものは「フライングディスク」と言い、日本は世界でも強豪国のようです。
私も見ていましたが、ルールがわかりませんでした。
しかし、取り組む若者達の熱意は充分に伝わってきました。

大きな運河を渡る時、海の水位の高さを調節しながら船が徐々に進む。
かつて、こんな場面をテレビで何度か見たように思う。
このような場所を「閘門(こうもん)」と呼びます。
堀切近くには、隅田川方面への川と荒川を行き来する為の閘門が存在しています。
閘門を利用して荒川から隅田川方面へぬける船に運よく遭遇できました。
1時間程度観察していたでしょうか。
この地点では、隅田川と荒川の水位は少なくても3メートルはありそうです。
こんな身近に閘門が存在していたとは、少し驚きです。
散歩途中なのでしょうか、私と同じく観察していた人が5人程いました。

今回の散歩距離の20キロは、だいたいのキロ数で実際の距離はよくわかりません。
過去の経験から水物(荒川)を見ながらの散歩は飽きないので、決して苦痛にはならないと確信していました。
しかし、問題点の一つは食べ物です。
長時間歩くと、空腹に耐えきれず、とても終点のレストランまで待てません。
そこで、食糧調達と思うのですが、土地勘がないし、河川からは一軒たりともコンビニらしい店は見えません。
当然と言えば当然な話なのですが、河川散歩途中での食糧確保は難しいのです。
パン一つでも持ってくればよかったと後悔。
自動販売機にて購入した栄養剤的なドリンクで我慢することにしました。

問題点、その2、それは体力です。
私は左足の膝が弱いのです。
整形外科での検査では「左膝の上の骨と下の骨がぶつかりやすい」と言われています。
もっと簡単に言うと「左膝の骨である皿部分の厚さが薄い」らしい。
したがって、大きな疲労がかかると左膝に激痛が走る場合があります。
平坦を歩き続けている時は、気が付きませんでしたが、階段を下ろうとした時に左膝に激痛が。
「やばい」と思い、散歩はここで中止しました。
1日目は総武線の平井大橋までで終了。
少し、左足を引きずりながら、なんとか無事自宅へ。
翌週土曜に平井大橋から終点まで歩いた・・・・というような、なんとなく、情けない散歩になってしまいました。

平井大橋の下で、青空麻雀をしている人達がいました。
用具は粗末な物に見えましたが、とても楽しそうです。
その光景が珍しいのでしょうか、橋の上から写真を撮る若者までいました。
麻雀は、少なくても5年以上はやっていません。
麻雀の楽しさは、ギャンブル的な部分は二の次なんですよ。
麻雀の本当の楽しさは、気の合う仲間との楽しい楽しい会話にこそあるのです。

河川敷を私のように一人のんびり歩く人は、むしろ少数派で、ジョギングや自転車が圧倒的な多さです。
一人散歩の場合は、ペットをつれている人がほとんどです。
釣りをする人、ボランティア活動の一環なのでしょうか、ごみ集めをする人もいます。
ゴルフ禁止、ラジコン禁止の立札もありました。
とても花壇が美しく、花壇の形が公園の名称になっていたりと楽しませてくれます。

東京湾側から見る荒川は、左側の河川敷の方が、右側の河川敷より開発が進んでいるように思えます。
綺麗な公園にする、あるいは、スポーツができるように整備するとかにしてくれると良いのですが、意外と荒れ果てた原野のままみたいな場所も、まだ、残っています。
私はいつも、ごみの問題が気になります。
整備されていない場所は、同時に、ごみの多い場所でもあります。

とてもとても大きな荒川。
東京湾に流れ込む荒川の隣には葛西臨海公園が見えます。
そして、JR京葉線が走っています。
どうやら、ここで荒川散歩は終わりになりました。
荒川は大正から昭和にかけて作られた人工の河川です。
あらためて、驚きであると言わざるをえません。

釣りを楽しむ人。
荒川のどこまでが淡水魚で、どこから海の魚が釣れるのでしょうか。
満潮になると、海から川に水が昇ってきます。
ならば、荒川の淡水と海水の境目は、どの辺なのでしょうか。
釣り人に尋ねておけば良かったと、後日思いました。

最後に。
バイキング、とても美味しくいただきました。
「空腹が最大の調味料」

それでは、また、来週

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

尾久を散歩する110

今日の話題は「ふたたび銚子へ」です。

今まで記述してきたブログ内容は、決して人を傷つけたり、団体や組織に迷惑をかけたりしないように配慮して記述してきました。
ですが、前回の銚子訪問のブログ(尾久を散歩する100)にて「もう2度と銚子へは行かない」のような失礼な記述をしてしまいました。
何か、すっきりせず、もやもやした気持を持ち続けていました。
別に、深い意味はないのです。
行きたい観光地がたくさんあるので「一度訪れた観光地の2度目は難しい」と言いたかっただけなのです。
そこで、お詫びの意味もかねて、10月13日に再度、銚子へ行きました。
前回はJRのみで銚子まで行ったのですが、今回は成田までは京成電鉄、成田から銚子まではJRを利用しました。

銚子市の「地球の丸く見える展望館」へ行ってみました。
この館は山の中腹に位置し、銚子市の展望が売りです。
銚子市の海や街の一望はすばらしく、前回訪れた時のポートタワーからの展望よりも良かったと思います。
海岸線に縞模様の壁がそそり立つような景色に目を奪われました。
「あの下を歩いてみたい」ととっさに思いました。
ここは「屏風ヶ浦」という場所らしい。
たぶん、来年の銚子散歩は「屏風ヶ浦」がメインになりそうな予感。

ところで、この場所には気になる事が一点ありました。
展望する場所には、どの方向に何が見えるのかを解説する日本語が壁に記載されているのが一般的ですよね。
もし、天気が悪くても、記載された解説を読みながら「この方向には天気がよければXXXが見えるんだな~」と想像させる名称の記述が楽しかったりするものです。
その名称の中に「フィリピン」があるんですよね。
ううううううんんん~ フィリピンね~。
天気がどんなに良くてもフィリピンは銚子から見えないでしょう・・・・
国の名称が記載されているのは、なぜかフィリピンだけ。
これはウケですかね~。
もしかして、バカウケしているのは私だけ ?

海岸線を歩いてみました。
海岸を歩くたびに思うのは、ごみの多さです。
これは銚子に限ったわけではありませんが、海はごみが見えない地点から見るのが一番美しい。
残念ですが、これが現実。

見事な砂浜と岩浜の境目を見つけました。
私は学者ではないので、残念ながら原因は説明できません。
こんな完璧に境目が生まれるものかと、しばらく立ち止まってしまいました。
とてもとても不思議な気持ちにさせてもらいました。

ここの海岸は銚子市の外川という場所です。
NHK連ドラ「澪つくし」のロケ場所となった所です。
いやー驚いた。
何に驚いたかって、それはカマキリです。
カマキリが歩く姿を見るだけでも珍しいのに。
私は北海道人ですから、よけいにカマキリは珍しい。
このカマキリ、なんと道路脇のガードレールの上、つまり、数ミリしかない幅の上をひたすら歩いているではありませんか。
まるで曲芸師のようです。
カマキリはカメレオンのような歩き方をしています。
しかも、もくもくとわき目もふらず、立ち止まる事もなく、私がそばにいても、なんのその。
ただ、ひたすらに歩いています。
あえて、もう一度言いますけど、ガードレールの上は数ミリのはず。
信じられません。
私は、自分のブログに画像や動画を記載した事もなければ、YOUTUBEにUPした事もありません。
これだけは、動画を取るべきでした。
大後悔。
近々、新しいスマートフォンを購入予定なのですが、とても残念。

今回は成田にも行ってみました。
成田はJRと京成の乗り換え地点でもあるので、ついでといった感じかな。
成田は「小鎌倉」みたいな印象を受けました。
新勝寺を中心とした街です。
時間無く、新勝寺には入れませんでした。
他で私が特に目についたのは、鰻屋さんが多い事です。
鰻屋さんが3件並んでいたりするほどです。
これで、来年の観光コースは決まったようです。
銚子の屏風ヶ浦を歩き、成田にて鰻を食べて、新勝寺でお参りをする。

銚子電鉄からJRへは改札を通らず、乗車できます。
つまり、切符を購入せず乗車が可能です。
銚子から成田までの間、列車内で駅員を見かけたならば、切符を購入しようと思っていましたが、駅員は来ませんでした。
やむをえず、成田駅の改札で「銚子から」と言って、乗車料金を払いましたが、なんか変な感じ。
成田駅の改札駅員に何か、一言言われるかもしれないと余計な心配をしました。
キセルや不正乗車をする気持ちは無いのですから、しっかりと切符を購入させてほしかったですね。

前回、銚子を訪れた時にお世話になった鈴木 彩子さんから、私のブログにメールをいただきました。
ありがとうございます。
残念なのはメールに「銚子市観光アテンダントは緊急雇用の事業なので来年の3月で任期が終了してしまいます」と記載されていたことです。
あと残り少ない期間ですが、本当にごくろうさまでした。
来年の銚子散歩の楽しみが一つ、無くなってしまいました。
とても、残念です。

来年は3回目の銚子散歩になります。
「きっといくんだろうな・・・・・」(少し漠然としていますが)
鈴木さんからも「ぜひ、また、銚子へ」と言われたし。

それでは、また、いつか

といつもはここで終了するのですが、
なんとか、頑張って、今年残り1か月。
週一ペースでブログを記述しようと思っています。

それでは、こう、ご期待。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

尾久を散歩する109

今日の話題は「野沢温泉騒動記2(完結編)」です。

今日の話題は前回の続きなのですが、日が経っているので、徐々に記憶が薄らいできます。
やはり、ブログはタイムリーでないといけませんね。反省。

まず、長野県の「戸狩野沢温泉」とは、「戸狩温泉」と「野沢温泉」の2つの温泉地が存在し、この2つの温泉のJRの駅名として「JR戸狩野沢温泉駅」が存在しているという大前提を知りませんでした。
長野駅の観光案内で教えてもらった「駅から徒歩で15分」は戸狩温泉の方でした。
それを私は野沢温泉までを「徒歩で15分」と思い、歩いて野沢温泉まで行ってしまったわけです。
ですが、いつもそうなんですが、このようなアクシデントをむしろ楽しんでおり、決して後悔なんかしていません。
アクシデントがあってこその旅なのですから。

野沢温泉にて宿泊後、翌日の朝一番のバスで、野沢温泉からJR戸狩野沢温泉駅行きに乗車しました。
そうそう、野沢温泉までのバス停が見当たらなかった件ですが、
バス停は存在していました。
前日、野沢温泉まで歩いた時、バス停は暗くて見えませんでした。
本来、バス停とは同じ停留所名のものが、道路を挟んで2つ存在するはずです。
しかし、バス停の経費削減なのでしょうか。
野沢温泉からJR戸狩野沢温泉駅行き側のバス停は存在するのですが、逆方向側のバス停はどうやら無いようです。
たぶん、一つのバス停に両方向のバスの到着時間が明記されているはずです。
つまり、バスに乗って野沢温泉を目指すならJR戸狩野沢温泉駅から乗車するでしょうから、私のような、路線の途中からバスに乗車して野沢温泉を目指すような人は少ないのでしょう。

短い野沢温泉の滞在時間でしたが、楽しかったのは外湯(共同浴場)めぐりです。
野沢温泉には、12か所の外湯があります。
外湯の入浴料金は無料なのですが、各外湯の入口には賽銭箱が置いてあります。
マナーとしては賽銭箱にお金を入れるべきでしょう。
もちろん、私もお金を入れました。ささやかですが。

私は事前に、こんな質問を清風館さんのご主人にしてみました。
「12か所の外湯の中で効能が良いとか、色や匂いが違うとか、面白い温泉はありますか」と。
ご主人が推薦してくれた外湯は次の3つ。(解説は私の入浴した感想)
・熊の手洗湯(くまのてあらゆ):
ぬる湯を楽しめる外湯です。
他の野沢温泉は源泉が熱く、水にて温度調整はしていますが、どの外湯も45度程度はあります。
ここだけが唯一、ぬるめの温泉が楽しめる外湯と思われる。
・真湯(しんゆ):
「緑の湯の花」が湧き出ている外湯です。
やや神秘的な印象を受けました。
湯の花を楽しめるのはここだけかもしれない。
・滝の湯(たきのゆ):
残念、時間の関係で行けませんでした。

清風館さんのご主人はこんな話も言っていました。
「熊の手洗湯、真湯、滝の湯だけは温泉の湯元が別で、各旅館の温泉も含めて他の温泉はすべて湯元が同じです」と。
温泉好きな人には、たまらない情報でしょう。
野沢温泉のガイドブックにだって、ここまでの温泉情報は載っていないでしょうね。
野沢温泉に来てから入手した「十二神将 外湯めぐり」のパンフレットにだって、ここまでは記述されていません。
それにしても、惜しい事したなー。
滝の湯はどんな温泉だったのだろう。
いつになるかわからない次回のお楽しみにしておきましょう。

そう言えば、もとはと言えば、長野の善光寺を訪れるのが本来の目的で、野沢温泉はちょっとした冒険心みたいな気持ちで来たわけです。
でも、楽しかったなあー。
思い出しても楽しいし、ブログを書いている今も楽しいわけです。
こんな話もありました。
当初、善光寺にもっとも近いXX温泉(匿名)に宿泊しようとしていたのですが、地元の方にあっさりと言われてしまいました。
「あそこは名前こそ温泉となっていますが、温泉ではありません」
笑うしかありません。
温泉が枯渇したのかもしれませんね。

今年、初めて、おみくじを善光寺にて購入してみました。
嬉しかったのは「末吉」であった事。
今より、だんだん良くなる。
私なりに都合よく理解しました。
以下、おみくじ全文

「望む答えは自分自身の中に
迷いが生じやすい運勢だが、必要以上に周囲を頼らず、何より自分を信じること。
最良の答えは自分の内から導き出されるということを肝に命じ、心を研ぎ澄ませ。」

信じて頑張るしかありません。

それでは、また、いつか

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

尾久を散歩する108

今日の話題は「野沢温泉騒動記1」です。

久しぶりのブログです。
久しぶりだと、当サイトへのパスワードも忘れる始末。
オロオロしました。情けない。

東京に来てから約3年経ちます。
東京へ来た直後の出来事として、総選挙にて民主党圧勝。
そうそう、酒井法子の失踪騒もこの頃で、ワイドショーも酒井法子で大騒ぎでした。
お気に入りの女優、大原麗子さんの死もこの頃でした。

3年間で1年に1回必ず訪れる場所があります。
それは、長野県善光寺。
今年も9月の平日、善光寺へ。
いつもなら、日帰りなのですが、今回は1泊2日としました。
どこで宿泊するかを決めずまま、長野へ。

善光寺で必ず行う私なりの儀式があります。
それは「写経(しゃきょう)」です。
ここでの写経は漢字1文字を用紙に記入し奉納(実際は紙を燃やす)するものです。
一昨年は「夢」昨年は「得」今年は「識」としました。
知識、面識、学識、長野行のバスの中で、ふと浮かんだのが「識」でした。

長野駅の観光案内にて、有名な温泉地を尋ねると「戸狩野沢温泉」と紹介され、何も知識を持たず、行ってみる事にしました。
JR長野駅から飯山線にて、約1時間で「JR戸狩野沢温泉駅」に到着します。
ところで、私の人生でとても珍しいホームの光景を見ました。
JR長野駅では一つのホームが2つのホームを兼ねているのです。
驚きました。
ですから、一つのホームに2つの列車が止まっているわけです。
ホームの真ん中に立つと、右へ行く列車と左へ行く列車が同時に存在してる状態です。
しかも、出発時間も、それほど離れていないのですから。
初めて人ならば、どちらの列車に乗るのかを迷って当然でしょう。
地元の人には慣れっこなのかもしれませんが。

私の想像する温泉街の駅とは、それなりの目立つ温泉街のポスター等が駅の中を埋め尽くすような光景です。
ですが「JR戸狩野沢温泉駅」構内は、それほど派手な雰囲気ではなく、むしろ、質素な印象でした。
長野の観光案内の女性係員からは「歩いて15分」と言われていたので、あとは地図を探して歩くのみ。
気になるのは駅に停車していた野沢温泉行バスが出発してしまった事。
「歩いて15分ならバスに乗る必要性も無い」そんな気持ちでした。
ただ、バスの行先は、なぜ戸狩野沢温泉行きではなく、野沢温泉行きなのが不思議でした。
「戸狩野沢温泉」はJRの駅名であり、温泉名は「野沢温泉」なのかもしれない・・・
そんな思いで野沢温泉を目指して歩く事としました。
歩いて15分、歩いて15分、何度、心の中で繰り返したでしょうか。

歩いて30分、なんで着かないんだろう。
おかしいな・・・・?
なんと、突然表れた野沢温泉まで、あと5キロの道路標識。
5キロなら、歩いてまだあと1時間程度はかかります。
もう夜は暗く、この田舎の道の先に本当に温泉街なんてあるのだろうか。
もう、後には引けない。
追い打ちをかけるように、私の後を走りすぎていった野沢温泉行のバス。
駅から今までバス停なんて一つもありませんでした。
でも、バスが実在した納得できない気持。
口の中に飛び込んできた虫が2匹、何かの影が熊に見えて驚く事1回。
なんだかんだとやっとの思いで野沢温泉街の灯りを見た時は安堵の気持ちでいっぱいでした。
時刻は19:30頃になっていました。

宿泊先を決めなければなりません。
何軒かの民宿へ行ってみたのですが、断られました。
私の希望は「食事なしの素泊まり」なのですが、断られる理由は「宿泊準備ができていない」
それと「今日は他に宿泊客はいない」というものです。
今日は平日です。
想像するには、部屋の整理整頓、掃除をしていない、さらには、一人であったとしても宿泊客がいるとなれば、その対応や気苦労、客に対応する人員が必要になるなどが宿泊を断る理由のようです。
平日の影響は大きく、玄関で叫んでも誰もでてこない、呼び鈴押しても出てこない。
こんな状態が何軒か続き、なんとか、清風館さんに宿泊できホッとしました。
清風館さんも宿泊客は私一人でしたが、ご主人は腰が低く、快く対応してくれました。
本当にありがとうございます。
ですが、やはり部屋の準備はできていませんでした。
そこで「部屋の準備をしますので、その間、入浴していてください」となり、私も風呂に入りたくてウズウズしていました。
ここまで10キロ程度歩いたようです。
こんな時は、やはり温泉はたまりませんよね。
野沢温泉はとても大きく、宿泊先でも100軒 ? 200軒 ?
群馬県の草津温泉とか、訪れた経験のない温泉は多数ありますが、私が訪れた温泉街の中では一番大きな温泉街です。

確かに何も知識なく、野沢温泉まで来ましたが、腑に落ちない問題がいくつか残りました。
温泉名の謎、バス停の謎、歩いて15分はなんの話だったのか。
その謎解きは次回とします。
よろしかったら、また読んでください。

それでは、またいつか

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

尾久を散歩する107

今日の話題は「被災地を行く(計画倒れ編)」です。

当初、東北へは3泊4日程度を計画していました。
被災地を見たいのですから、岩手県からスタートし太平洋の海岸線を南下し、福島県の立ち入り禁止の地区まで近づいてみたい。
これが、大目標でした。
しかし、すぐに挫折。
なぜなら、現在の岩手県は海岸線に南下するのは無理とわかったからです。
「岩手県を海沿線に沿って南下」は代替バスすら無い区間が数か所もあり、結果として岩手県の海沿いの街へ行くには、県の中央部からのみの交通手段しかないのです。
この件については、上野の緑の窓口の女性担当者に長時間調査してもらい、やっと判明。
上野の緑の窓口の女性担当者の方、調査にあたり本当にありがとうございます。
実は同じ質問を何か所かの旅行代理店や緑の窓口で聞いてみたのですが、すぐに返事をしてくれる方は、なかなかいません。
JRの駅のパンフレットには岩手の観光ポスターが貼られています。
旅行代理店にも東北観光のポスターが貼られています。
ですから、交通機関の情報は、関係者なら充分に把握しているものと私は勝手に思い込んでいました。
しかし、誰も知りませんでした。

そこで、岩手県の北部を諦めて、震災の被害が大きかった「岩手県南部の陸前高田市」へ行こうとしましたが、ここでも挫折。
陸前高田市へはJR無く(事前にわかっていました)バスは一関市から出ていると判明。
ところが、1日2往復しかなく、しかも時間帯的にもとても不便なのです。
現地で宿泊すれば良いのですが、考えぬいた末、今回は断念しました。
何がなんでも岩手県の陸前高田市へ行きたっか理由。
それは「奇跡の一本松」を見たかったからです。

今回の東北は1泊2日。
唯一の一泊は鳴子温泉に宿泊しました。
JR矢本駅で惣菜を売っている叔母さんに「この辺で良い温泉はありませんか」と尋ねてみると、すかさず「鳴子温泉」と答が返ってきました。
JR矢本駅からJR石巻へ、さらに鳴子温泉まではJRで2時間程度でしょうか。
宿泊先は予約なし、土曜日でしたが鳴子温泉「姥の湯」にお世話になりました。
「姥の湯」は「源の義経」に縁と伝統ある宿らしい。
鳴子温泉の街を散歩してみました。
温泉街なので旅館やホテルが多いのは当然として、旅館やホテルと同じくらい存在するのは「こけし屋」なんです。
余計なお世話と思いながら、これだけ沢山の「こけし屋」さんが、お店を維持するだけの利益があるのか?不思議な気持ちでした。
「姥の湯」の番頭さんに確認すると「今は不況も加わり、昔ほど、こけしは売れていないけど、優秀なこけし職人が今でもたくさん住んでいる」と解説してくれました。

今回の東北の各地区を移動するにあたって、とてもお世話になった物があります。
それはJR発行の「ウィークエンドパス」です。
関東から宮城県、山形県まで含めて、土日2日間乗り降り自由で、新幹線の普通乗車券料金も支払う事ができます。
この範囲のJR、私鉄、JRの代行バス料金に適応できて購入代金は8700円。
まさに、使いまくり状態でした。
人間の持つ感情は「タダ乗りしているような感覚」を持つと、それだけでも幸せを感じますよね。

先にも説明したように、東北への計画は大きく変更を余儀なくされました。
時間が取れたので、一関から厳美渓(げんびけい)へ行ってみました。
私にとって、水物(海、湖、川、渓谷、鍾乳洞)散歩は「幸せを感じる時間」です。
天気よく、のんびりできました。
1時間もあれば充分に満喫できます。
「空飛ぶ団子」をご存じでしょうか。
ロープでつるされて移動する団子を観光客が購入する仕組みになっています。
確かに団子が渓谷を飛んでいました。
味も良く、ここの名物になっています。

実は一関にはもう一つ猊鼻渓(げいびけい)という渓谷があります。
「げんびけい」と「げいびけい」。
とても、間違いやすい名称です。
東北の先人達は、なぜ、こんな似た名称をつけたのでしょうか。
今度は猊鼻渓にも行ってみたいですね。

なんだかんだとブログを記述していると、私の次回の東北スケジュールは決まってしまいました。
松島から石巻へ、石巻の「上海楼飯店」にて食事をし、陸前高田市の松を鑑賞し、一関から猊鼻渓へ行く。
いつになることやら。

それでは、また、いつか。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

カレンダー(月別)
10 ≪│2017/11│≫ 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
プロフィール

尾久日記

Author:尾久日記
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。