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尾久を散歩する65

今日の話題は「廃止路線の思い出3」です。
シリーズ物を3まで記述できるだけで、何故か、とても幸せを感じます。

今の私の住んでいる住居は「荒川車庫前」のすぐ近くです。
ですから、荒川線の職員の方へ単刀直入に「何故、荒川線は廃止にならなかったのですか」と尋ねてみました。
私個人の意見ですがと前置きしながらも興味深い意見を述べてくれましたので紹介します。
「道路を走っていないからではないですか」と答えてくれました。
確かに、都電荒川線は自動車と同じ道路を走る区間が少ないのが特徴です。
近代化に伴い自動車が増加した時、道路を走る電車はしだいに邪魔な存在になってきました。
そこで、路面電車は廃止の方向へ向かったのですが、道路を走る区間の少ない荒川線は生き延びたらしい。
ですが、荒川線存続理由はこれだけではないようにも思います。
これからも、職員の方へ質問をしてみたいと思います。

廃止路線の思い出としては、本来真っ先に私鉄である「夕張鉄道」を思い浮かばなければなりません。
なぜなら、私の故郷は「北海道夕張市」なのですから。
道路事情がまだ良くなかった時代、夕張から札幌へは夕張鉄道を利用するのが一般的でした。
昭和の40年代ぐらいまでの話です。
日曜午前の列車の混雑は東京の通勤ラッシュにも負けない程でした。
昔は窓が開いたんですよね。列車は。
夏になると列車内には冷房も無かったのですから、窓を開けるのは当然だったのです。
栗山町は唯一のホームに売り子さんが居る駅でした。
「栗まんじゅう」という有名なお菓子も売っており、列車が栗山に到着すると、車内の人は窓から身を乗り出し我先にと、まんじゅう、飲み物、冷凍みかんなどを買い求めます。
ところが、買い終わらないうちに列車は走り始めてしまうのです。
慌てて買おうとする人、おつりをもらいそこねそうな人、お金はもらったけど物を渡せず慌てる売り子さん。
こんな映画のワンシーンのような光景が珍しくなかったのです。
今になってわかる事があります。
列車の運転手さんは思いやりの無い人と感じたかもしれません。
運転手さんは「もう時間ですよ、早く終わってください」のような気持ちだったでしょう。
売り子さんとの買い物は楽しみの一つであり、車内の人が「なんとかして買おう」と思っていました。
当時はお土産品も無かった時代ですから「栗まんじゅう」はまさに争奪戦だったのです。
列車の停車時間はいくらあっても足りません。
ですから、そのうち列車はやむおえず、ゆっくりと発車するのです。
娯楽場所も少なかった時代です。
売り子さんとの買い物は乗客の待ちに待った楽しみだったのです。

夕張鉄道がいつ廃止になったのか、よく覚えていません。
母親が廃止の記念乗車券を購入し私に譲ってくれました。
この乗車券も大切に保存してあります。
夕張鉄道は一番数多く乗った列車なのですが、思い出としては少なく感じます。
札幌行きと言いながら、実は途中で乗り換えが必要でした。
江別(実際は野幌)で降りて、札幌行きのバスへ乗り換えなければなりません。
ですから、夕張から札幌行きの直通バスが整備されてくると「夕張鉄道」への乗客はしだいに少なくなっていったのです。

「北海道の廃止路線を旅する」・・・・
こんなタイトルの著者のコメントを読んだ事があります。
確か、こんな内容でした。
「夢とロマンのような印象がありますが、実際はまったく違います。まず、どこが廃止路線跡なのかもわかりません。探すだけでもたいへん。トンネルは中に入れるのかどうか、入れたとしてどうなっていることやら、人気もなく熊に遭遇してもおかしくない。服装はまさに重装備、夢やロマンとはほど遠い世界です。」
なるほど、なるほど、言われると納得ですよね。
何事も夢と現実は遥かに違うということなのでしょう。

それでは、また、いつか
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