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尾久を散歩する47

今日の話題は「すみだ川沿いを散歩する」です。

札幌から尾久への引越しは仕事の為です。
ですから、事前知識がまるで無い状態で住み始めました。
JR尾久駅を降りて明治通りを渡って、ひたすら真っ直ぐに歩いた時、正面にチラッと動く物が横切ったのです。
それが「都電荒川線」でした。
よく覚えています。
ですが、すみだ川との出会いはいつだったのか ?
私の記憶は薄れ掛けています。
ですが、間違いなく鉄琴をたたく音が聞こえたのです。
近所まで散歩した時に、偶然聞こえた音色に反応して、その方向に私の足は向いたのです。
鉄琴の音が聞こえたのは、この日が最初で最後であり、二度と聞こえることはありませんでした。

荒川遊園地裏のすみだ川沿いに鉄琴が鉄格子に括り付けてあります。
すみだ川を正面に鉄琴を弾くことができるのです。
子供が鉄琴をたたいて遊んでいました。
確か、これが、すみだ川との最初の出会いのはず。
今、思うと、とても素晴らしい偶然だったのです。
最近、やっと思い出しました。

鉄琴を叩く棒を「マレット」と言います。
私が始めて訪れた時は、確かにマレットは鉄琴下の箱にありました。
だから、誰でも鉄琴をたたいて遊ぶことができたのです。
しかし、一週間もしないうちにマレットは無くなっていました。
ですから、以降二度と鉄琴の音色が聞こえることはありません。
「マレットを持ちかえらないでください」と明記してあるにも関わらず。
とても、残念です。

すみだ川の対岸側は足立区の宮城区、小台区になります。
西尾久と足立区の宮城区の間には1961年まで渡船場があり、たくさんの人が船で往来していました。
当初の料金は大人一銭、子供50厘です。
時代と供に紡績工場や軍需産業ができ、荷車も数多く往来していました。
その記事が立看板に記述してあります。
当時の盛況な時代を見たかったですね。
神社ができ、祭りが生まれ、そして、梶原商店街も同時に栄えたのだろうと思います。
すみだ川を眺める人の中には、当時を思い出し、なつかしく感じている人も数多くいるはずです。
まさに人生そのものが、すみだ川であった人も尾久には今も数多く住んでいるに違いありません。
すべてが、今は想像しながら、すみだ川を見つめるしかできません。

すみだ川を渡る船の料金は「大人一銭、子供50厘」でした。
今の私は金銭的には、まさにピンチと言っていいでしょう。
お金が無い表現を「一銭も無い」と言いますが、
今の私は「一厘も無い」と言うべきかもしれません。

それでは、また明日。
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