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渋谷から尾久まで歩いた日

渋谷から尾久まで歩きました。
「散歩しました」ではありません「歩きました」です。
なぜなら、その日は3月11日だったからです。
まさに、未曾有の大地震が起きた日です。
テレビ画面から流れる災害画面は、ただただ唖然とするだけです。
声も出ず、言葉も無く、涙もでない。
テレビ画面を見ているだけの人間が、何か言葉を発する事態、被災者に対して失礼と思えてしまうのです。
そこで、あえて言うのなら、私なりの一言を言わせてください。
誰かに言うわけではありません、ですが、とてもとても、言いたいのです。
「なんぼなんでも、これは、やりすぎだろ」

自分の人生で、自然災害が降りかかった事はありません。
札幌の実家にて、隣の家が全焼で人が亡くなりました。
ですが、我が家は、まったくの無事。
なぜなら、隣の家との間には2メートル程度の幅があったのです。
私がまだ、幼かった頃、台風で家の屋根が飛んで無くなったらしい。
私には、その時の記憶がありません。
家族全員無事でした。
そんな過去を振り返ると、一つ間違えれば命の危険はあったわけです。
ですから「今、生きている」
そんな感想を、改めて実感してしまいます。

地震当日、ホームページから流れる情報は交通機関が全滅。
職場の渋谷から尾久自宅まで、どう帰宅するか。
私は瞬間的に徒歩と決めました。
以前、東京大地震のシュミレーション番組をテレビで見ました。
すでに「帰宅難民」の言葉は使われていました。
本当の帰宅難民とは、交通機関は不通となり、道路はビルから落下した瓦礫や止まったままの車にて、歩く事そのものが困難になり、自宅には帰る手段がすべて無くなる状況を言うらしい。
あるジャーナリストは、今回の地震にて「帰宅難民の予行練習」をしたと言っていました。
そんな想定は、もちろん、したくはありませんが、とにかく、最近は余震が多く、大きな地震が来ない事を祈るしかありません。

渋谷から青山、麻布、六本木を通り、文部科学省や外務省の前を通り、東京駅の皇居、神田、秋葉原、上野、谷中、日暮里、田端、尾久。
約4時間かかりました。
歩きながら、今、場所はどこなのかを判断するのは難しい作業だと知りました。
車に対する標識は多くても、歩行者に対する標識なんて無いのですから。
道路標識って、このまま、まっすぐ前ならAAAA、右ならBBBB、左ならCCCC、と判断できるのですが、肝心のここはどこかの名称はありません。
歩行者の「ここはどこ」に関しては、役立たずなんですよね。
ですから「XXXXXのYYY店」のような店を見つけて「ああ、ここはYYYなんだ」と思うしかありません。
あるいは、運良く、住所が書いているなんらかの記述を見つけるかですよね。
地図の立て看板にたくさんの人が見入っていました。
地図って、最初に現在地を見つけた後、自分の知っている地名を探し、現在地と地名の相対関係から、自分の居場所を判断できると思います。
ですから、地図内に知っている地名が無いと見てもまったくわかりません。
結局「XXXX方面に行きたいんですけど」と人に尋ねるが一番の方法のようです。
何人かに道を尋ねました。
とても親切に答えてもらいました。感謝。感謝。

「もう、6時間は歩いているな」
「3時半から歩いているけど、どれくらい歩いたんだ」
こんな会話が聞こえてきました。
私は秋葉原に到着した時、とても安心しました。
なぜなら、秋葉原と尾久間は何度も歩いているからです。
「今、どこ歩いているんだ」と会話していたグループがいたので、訪ねられませんでしたが、私から道案内をしました。
人に道を訪ねてここまで来れた事への感謝のような気持ちがあったので、今度は自分が道案内のお返しをしたくなりました。

長時間歩きながら、空腹は我慢できます。
ですが、さすがにトイレの我慢には限界があります。
喫茶店は満員、あるいは、店内損傷にて早期閉店、コンビニも同様でした。
営業中コンビニを覗くとトイレ前に並ぶ行列が見えます。
こんな時は、とにかくビルへ駆け込む。
無断進入には違いありませんが、トイレを借りました。
厳密には法律に触れる行為かもしれませんが、事情が事情なので許してください。

私には、好きな諺がありました。
「神は、超えられない試練を与えない」
ですが、今回の大地震にて、私の心の中でこの諺を封印します。

それでは、また、来週。
少しでも早く、日本全体が復興してほしいですね。
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地震時の帰宅

ご苦労様です。

渋谷のどこか分かりませんが、チョイと遠回りをしたような。
信濃町、四ツ谷、市ヶ谷、飯田橋、白山から田端駅が近いようです。

でも、初めての道よりも 一度でも通って知っている道の方が確実かもしれません。


所用で町田に居ました。
偶然にも、文京区にお住まいの友達が車で来ていましたので送って頂きました。
停電で交通信号が消えていたのと渋滞で帰宅は3時過ぎでした。

No title

渋谷からではありませんが神田からだと東尾久まで歩いて帰ったことがあります。
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