尾久を散歩する105
今日の話題は「帰省の思い出」です。
3月7日(水)から9日(金)まで、北海道札幌へ帰省しました。
年老いた母の顔を見てきました。
母の年齢を改めて確認しました。82才でした。
一人で病院へ行き、買い物をし、友人達とダンスを楽しんでいます。
いつまでも、この健康と頭脳力が続いてほしいと願わずにはいられません。
今回は安ツアーを利用しました。
ツアーに参加すると、東京〜札幌の往復飛行機チケットとホテル2泊つきで\21,000です。
本当に本当に安くなりました。
機内ではコーヒーを注文しました。
コーヒー代金300円と聞いて、びっくり。
なぜなら、スカイマークの機内コーヒーは100円なのですが、今回はANAだった事実を忘れていました。
どうも私はCAの女性に笑顔で話しかけられると、注文してしまう単純な一面を持っているようです。
行きも帰りも飛行機の座席は後ろでした。
飛行機の後ろの座席はある特徴を持っています。
それは、子供が多い事です。
それも、騒ぐ子、泣く子、手間がかかる子です。
だからこそ、子供の親は迷惑かけまいと、飛行機の後ろに席を取るのです。
機内でじっくり睡眠を取りたいと思うなら、後方席は遠慮した方が無難でしょう。
8日(木)は時間が空いたので、札幌ファクトリーへ行ってみました。
男性1000円の映画を見る予定でしたが、本日木曜は女性1000円の日でした。残念。
男性1000円は昨日の水曜日でした。
そこで、映画鑑賞はせず、札幌ファクトリー内を探索。
地元ならではの物を探してみました。
石屋製菓の「白い恋人」は有名なお菓子です。
吉本興業が「面白い恋人」を発売し裁判沙汰になっています。
(解決したんだっけ ?)
さすがに「面白い恋人」は売っていませんでしたが「黒い恋人」発見。
中身がどんなお菓子なのかとは思いますが、購入しようとは思いませんでした。
さらには「夕張メロン」ではなく「夕張メロメロ」を発見。
「夕張メロメロ」って何 ? 小さな箱に入っています。
「AIDS対策・・・・・・・」のような注釈文の紙が張られていました。
そうなんです。「夕張メロメロ」は「コンドーム」なんです。
大型観光施設で「コンドーム」なんてと思うでしょう。
だから注釈文が書かれているのです。
AIDS対策の真面目な商品で、アダルトグッズではありませんと。
3月8日は平日。
だから札幌ファクトリーに人が少ないのは納得ですが、それだけではありません。
近くに同様な大型商業施設が誕生し、その先駆けである札幌ファクトリーの閑散は悲しいものを感じさせます。
札幌ファクトリーだけではありません。
ここ2、3年、私が札幌へ来ると真っ先に感じる事があります。それは
「札幌は人がいないなあ」としみじみと感じるのです。
とても、残念ですが。
北海道一の札幌市なのに「不景気を感じさせられる街 札幌」
私の正直な感想です。
札幌の地下鉄に女性専用車両ができたんですね。
知らないので、うっかり乗ってしまいました。
女性の多さは、すぐに気が付きましたが「それにしても(女性が)多すぎる」。
そういえば、車両に乗る直前、隣の女性が私を見たのを思い出しました。
「え、乗るんですか」と言いたかったのでしょう。
札幌へ帰省すると必ず友人と会います。
本当に感謝感謝ですよね。
帰省しても、会える人がいるという現実に。
時間の経過するのも忘れて会話します。
友人達と会話をすると定年の話が必ず出てきます。
今の私は仕事面において、順調とは言えません。
ですが、いつもいつも、次は何をしようかと悩んでいます。
これって、もしかして、とても幸せな事なのかもしれません。
友人の話を聞いて、自分の今を、そして、これから何をすべきかを感じさせられるのです。
3月中にやらなければならない作業が多数あります。
頑張らなければ、次は無い。
ANAの機内放送で聞いた「平原綾香」は良かったなあ。
今日は土曜日、久しぶりに音楽CDでも買いに行きましょう。
前回ブログの拍手件数は今までの最高7になっていました。
本当にありがとうございます。
それでは、また、いつか
3月7日(水)から9日(金)まで、北海道札幌へ帰省しました。
年老いた母の顔を見てきました。
母の年齢を改めて確認しました。82才でした。
一人で病院へ行き、買い物をし、友人達とダンスを楽しんでいます。
いつまでも、この健康と頭脳力が続いてほしいと願わずにはいられません。
今回は安ツアーを利用しました。
ツアーに参加すると、東京〜札幌の往復飛行機チケットとホテル2泊つきで\21,000です。
本当に本当に安くなりました。
機内ではコーヒーを注文しました。
コーヒー代金300円と聞いて、びっくり。
なぜなら、スカイマークの機内コーヒーは100円なのですが、今回はANAだった事実を忘れていました。
どうも私はCAの女性に笑顔で話しかけられると、注文してしまう単純な一面を持っているようです。
行きも帰りも飛行機の座席は後ろでした。
飛行機の後ろの座席はある特徴を持っています。
それは、子供が多い事です。
それも、騒ぐ子、泣く子、手間がかかる子です。
だからこそ、子供の親は迷惑かけまいと、飛行機の後ろに席を取るのです。
機内でじっくり睡眠を取りたいと思うなら、後方席は遠慮した方が無難でしょう。
8日(木)は時間が空いたので、札幌ファクトリーへ行ってみました。
男性1000円の映画を見る予定でしたが、本日木曜は女性1000円の日でした。残念。
男性1000円は昨日の水曜日でした。
そこで、映画鑑賞はせず、札幌ファクトリー内を探索。
地元ならではの物を探してみました。
石屋製菓の「白い恋人」は有名なお菓子です。
吉本興業が「面白い恋人」を発売し裁判沙汰になっています。
(解決したんだっけ ?)
さすがに「面白い恋人」は売っていませんでしたが「黒い恋人」発見。
中身がどんなお菓子なのかとは思いますが、購入しようとは思いませんでした。
さらには「夕張メロン」ではなく「夕張メロメロ」を発見。
「夕張メロメロ」って何 ? 小さな箱に入っています。
「AIDS対策・・・・・・・」のような注釈文の紙が張られていました。
そうなんです。「夕張メロメロ」は「コンドーム」なんです。
大型観光施設で「コンドーム」なんてと思うでしょう。
だから注釈文が書かれているのです。
AIDS対策の真面目な商品で、アダルトグッズではありませんと。
3月8日は平日。
だから札幌ファクトリーに人が少ないのは納得ですが、それだけではありません。
近くに同様な大型商業施設が誕生し、その先駆けである札幌ファクトリーの閑散は悲しいものを感じさせます。
札幌ファクトリーだけではありません。
ここ2、3年、私が札幌へ来ると真っ先に感じる事があります。それは
「札幌は人がいないなあ」としみじみと感じるのです。
とても、残念ですが。
北海道一の札幌市なのに「不景気を感じさせられる街 札幌」
私の正直な感想です。
札幌の地下鉄に女性専用車両ができたんですね。
知らないので、うっかり乗ってしまいました。
女性の多さは、すぐに気が付きましたが「それにしても(女性が)多すぎる」。
そういえば、車両に乗る直前、隣の女性が私を見たのを思い出しました。
「え、乗るんですか」と言いたかったのでしょう。
札幌へ帰省すると必ず友人と会います。
本当に感謝感謝ですよね。
帰省しても、会える人がいるという現実に。
時間の経過するのも忘れて会話します。
友人達と会話をすると定年の話が必ず出てきます。
今の私は仕事面において、順調とは言えません。
ですが、いつもいつも、次は何をしようかと悩んでいます。
これって、もしかして、とても幸せな事なのかもしれません。
友人の話を聞いて、自分の今を、そして、これから何をすべきかを感じさせられるのです。
3月中にやらなければならない作業が多数あります。
頑張らなければ、次は無い。
ANAの機内放送で聞いた「平原綾香」は良かったなあ。
今日は土曜日、久しぶりに音楽CDでも買いに行きましょう。
前回ブログの拍手件数は今までの最高7になっていました。
本当にありがとうございます。
それでは、また、いつか
尾久を散歩する104
今日の話題は「現在の自分です」
前回のブログから2か月以上も経過してしまいました。
仕事がうまくいかず、地獄の2か月を過ごしていました。
その仕事が1月で終了したのですが、その記憶が勝手に頭に浮かんでくるのです。
「考えこまない」「思い出さない」「楽しい事を考える」なんて自分で決めても、苦しい思い出は自分の意志に関係なく頭に浮かんできます。
これ以上になると「ノイローゼ」「幻覚」「鬱」とかになるんでしょうね。
さらに「下痢、頭痛、排尿の回数増」となり「内臓を壊し」そして「入院」。
最悪の事態を想像し、自分の体を真面目に心配していました。
とある仕事中、間違いの指摘を受け、何度、訂正してもダメ出しは続き、7回も同じ文章を書き直しました。
その時、胃に穴のあく音が聞こえました。(今思うと、気のせいなのでしょう)
ぞっとしました。
肉体的にも精神的にも若くなく、確かに忍耐力はなくなっています。
反省として「もう、得意分野以外の仕事には手は出すまい。」
それにしても、感情というのは不思議なものです。
どんなに「考えない」としても、ふと思うと辛い辛い仕事の思い出で頭がいっぱいになってしまうのです。
ふと、我に返り、頭の中を空にしても、また、思い出す。
この繰り返しから抜けられないのです。
そんな状態の日々が続いていました。
夢に出ない日はありませんでした。
今は、なんとか、少し冷静になれているかもしれない。
それにしても「考えない」って、こんなに難しいとは驚きです。
でも、この2か月間、それなりに散歩はしていました。
奥秩父、山下公園、石神井公園、井之頭公園へ行きました。
今までのようなブログネタとしての散歩ではなく気分転換としての散歩でした。
休日の朝、急に「今日はXXXXへ行こう」と思い立ち、下調べもせず行きます。
何かをしていないと、自分の意志に関係なく辛い思い出で頭がいっぱいになるのですから、何かをしていたほうが気分は晴れます。
こうなると、もはや待ったなしなのです。
とにかく、家を出て、どこかを目指す方が気持ちが楽なのですから。
今回は短い内容で失礼します。
実は、もっと書いたのですが、読み返して自分が楽しくないのでバッサリ消しました。
次回のブログでは、今まで同様に楽しいブログにしたいですね。
それでは、また、いつか。
前回のブログから2か月以上も経過してしまいました。
仕事がうまくいかず、地獄の2か月を過ごしていました。
その仕事が1月で終了したのですが、その記憶が勝手に頭に浮かんでくるのです。
「考えこまない」「思い出さない」「楽しい事を考える」なんて自分で決めても、苦しい思い出は自分の意志に関係なく頭に浮かんできます。
これ以上になると「ノイローゼ」「幻覚」「鬱」とかになるんでしょうね。
さらに「下痢、頭痛、排尿の回数増」となり「内臓を壊し」そして「入院」。
最悪の事態を想像し、自分の体を真面目に心配していました。
とある仕事中、間違いの指摘を受け、何度、訂正してもダメ出しは続き、7回も同じ文章を書き直しました。
その時、胃に穴のあく音が聞こえました。(今思うと、気のせいなのでしょう)
ぞっとしました。
肉体的にも精神的にも若くなく、確かに忍耐力はなくなっています。
反省として「もう、得意分野以外の仕事には手は出すまい。」
それにしても、感情というのは不思議なものです。
どんなに「考えない」としても、ふと思うと辛い辛い仕事の思い出で頭がいっぱいになってしまうのです。
ふと、我に返り、頭の中を空にしても、また、思い出す。
この繰り返しから抜けられないのです。
そんな状態の日々が続いていました。
夢に出ない日はありませんでした。
今は、なんとか、少し冷静になれているかもしれない。
それにしても「考えない」って、こんなに難しいとは驚きです。
でも、この2か月間、それなりに散歩はしていました。
奥秩父、山下公園、石神井公園、井之頭公園へ行きました。
今までのようなブログネタとしての散歩ではなく気分転換としての散歩でした。
休日の朝、急に「今日はXXXXへ行こう」と思い立ち、下調べもせず行きます。
何かをしていないと、自分の意志に関係なく辛い思い出で頭がいっぱいになるのですから、何かをしていたほうが気分は晴れます。
こうなると、もはや待ったなしなのです。
とにかく、家を出て、どこかを目指す方が気持ちが楽なのですから。
今回は短い内容で失礼します。
実は、もっと書いたのですが、読み返して自分が楽しくないのでバッサリ消しました。
次回のブログでは、今まで同様に楽しいブログにしたいですね。
それでは、また、いつか。
尾久を散歩する103
今日の話題は「雨にたたれて善光寺参り」です。
長野県の善光寺へ日帰りで行ってきました。
池袋から西武バスで往復7200円。
昨年も行きました。
特に善光寺に行かなければならない理由はありません。
ですが、何故か、年に一度は訪れたくなります。
カッコつけて言えば、心を清める、今一度自分を考える、今何をすべきかを考える。
こんな日が年に一度ぐらいあってもいいよね・・・・・・。
とまあ、こんな気持ちなわけです。
もちろん、一人旅ですよ。
長野駅から善光寺まではバスが頻繁に出ていますが、この距離なら散歩で十分です。
長野駅へ到着したら、歩いて善光寺へ行こうと決めていました。
ところが、予期しない事が発生しました。
またまた天気の話です。
とにかく、散歩は天気がよくなくてはなりません。
私は傘を持つのが大嫌いです。
今回も出発前に天気を確認しました。
関東から信州まで雨マーク無しの晴れの天気予報でしたから、安心して出かけたのに・・・・・
西武バスに乗車し、しばらくは天気良好そのものでした。
バスの車内に光が差し、熱いので、ほとんどの人がバスの窓ガラスにカーテンを引く程でした。
バスのフロントガラスに水しぶきが見えた時、この水がなんなのか、理解するまで時間がかかりました。
「え、雨」と思い、ふと横の窓を見るとドンヨリとよどんだ空が見えるではありませんか。
「そんな馬鹿な、ありえない」
ここまで来て、散歩できないなんて、絶対ありえない。
「きっと一時的な雨にちがいない、必ず晴れる」
ですが、長野駅に到着しても晴れません。
傘は勿論、持ってきていません。
ここまで来て、善光寺を訪れないなんて、ありえない。
とても寒い。
結論は「行け行け、どんどん」
何も考えず、雨にたたられながら善光寺まで歩きました。
なかなか、理解してもらえないかもしれませんが、ここでバスに乗るのは、私にとっては、とてもつまらない事なのです。
前前回川越散歩のブログでも雨降りの話でした。
もう、天気の話題は止めにしましょう。
善光寺へ無事到着、雨に濡れましたけど。
善光寺入場料金は500円。
「お戒壇(かいだん)めぐり」をご存知でしょうか。
地下の真っ暗な部屋を右手の壁だけを手がかりとして歩くのです。
時間は10分程度でしょうか。
歩きながら「極楽の錠前」を右手で探し当てて、触らなければなりません。
とにかく、真っ暗なのですから、中年の叔父さん叔母さん、若い女性の歓声が絶えません。
この部屋では、すべての明かりが禁止されています。
ところが、携帯電話の鳴る音が・・・ツルルルルウウウウ、ツルルルルウウウウ
時に近代文明はドッチラケを演出してしまう典型的な事例でしょう。
善光寺本堂を後にして、隣の善光寺資料館へ行きました。
去年も行きました。
「写経」をしました。
「写経」とは好きな漢字1文字を選択し記入し、さらに、お願いごとを記入します。
この用紙は「一字写経のご供養ご祈願」として来年1月15日に"お焚上げの浄火"として焼納されます。
昨年は"夢"、今年は"得"を一字にしました。
得を選んだ理由は知識、経験、運、友人、お金とほしい物は素直にほしいと思ったからです。
"夢"が"夢"のままでは進歩がありませんよね。
善光寺資料館から出た時、雨は上がっていました。
これで一安心!!
ここは「おやき」が有名なので「きのこ入りおやき」を食べました。
歩きながら食べるのが、たまらない旅気分なんですよ。
ご存知の通り「雨にたたれて善光寺参り」は誤りです。
「牛に引かれて善光寺参り」が正解です。
本当の意味を以下に記述します(少し、長い文章でごめん)
昔、信濃の国、小県の里に心が貧しい老婆がいました。ある日、軒下に布を干していると、どこからか牛が一頭やってきて、その角に布を引っかけて走り去ってしまいました。女はたいそう腹を立てて、
「憎たらしい。その布を盗んでどうするんだ。」
などと怒りながらその牛を追いかけていきました。ところが牛の逃げ足は早く、なかなか追いつきません。そうする内に、とうとう善光寺の金堂前まで来てしまいました。日は沈み牛はかき消すように見えなくなりました。ところが善光寺の仏さまの光明がさながら昼のように老婆を照らしました。ふと、足下に垂れていた牛の涎(よだれ)を見ると、まるで文字のように見えます。その文字をよく見てみると
うしとのみおもひはなちそこの道に
なれをみちびくおのが心を
と書いてありました。女はたちまち菩提の心(仏様を信じて覚りを求める心)を起こして、その夜一晩善光寺如来様の前で念仏を称えながら夜を明かしました。昨日追いかけてきた布を探そうとする心はもうなく、家に帰ってこの世の無常を嘆き悲しみながら暮らしていました。たまたま近くの観音堂にお参りしたところ、あの布がお観音さんの足下にあるではないですか。こうなれば、牛に見えたものは、この観音菩薩様の化身であったのだと気づき、ますます善光寺の仏さまを信じて、めでたくも極楽往生を遂げました。そしてこのお観音さまは今、布引観音といわれています。これを世に「牛に引かれて善光寺参り」と語り継いでいるので輪つぃあります。
(この説話は江戸時代後期の浮世絵師、東都錦朝楼芳虎の「牛に引かれて善光寺参り」と題する絵に添えられた文章を現代語訳したものです。)
(http://www.zenkoji.jp/houwa/index1.htmlより抜粋)
私の家の近所に善光寺があります。
なんか不思議ですよね。
あの長野の善光寺と同じ名称だなんて。
この謎が解けました。
長野の善光寺入口に詳細が記述されていました。
実は全国には善光寺という寺院が119もあるのです。
全国善光寺会という名称になっており、その集まりを嘘みたいな名称なのですが「善光寺サミット」と言います。
善光寺とサミット・・・・うううう〜ん、なんか違和感ありますよね。
なんと、今年も全国善光寺会へ5寺院も加入してるんですよ。
善光寺ご参拝の価値はあるのでしょうか。
今年一年、不幸が何も起こらなかった・・・・これだって価値といえば価値でしょう。
そもそも、ご参拝は自分の心の問題です。
受験合格するとか、金が儲かるとかを願うものではなく、普段の生活ができる事への感謝をするものらしい。
去年は善光寺と諏訪湖の旅でした。
今年は善光寺のみとしました。
来年は長野県の姥捨(うばすて)に行って見たいですね。
それでは、また、いつか
長野県の善光寺へ日帰りで行ってきました。
池袋から西武バスで往復7200円。
昨年も行きました。
特に善光寺に行かなければならない理由はありません。
ですが、何故か、年に一度は訪れたくなります。
カッコつけて言えば、心を清める、今一度自分を考える、今何をすべきかを考える。
こんな日が年に一度ぐらいあってもいいよね・・・・・・。
とまあ、こんな気持ちなわけです。
もちろん、一人旅ですよ。
長野駅から善光寺まではバスが頻繁に出ていますが、この距離なら散歩で十分です。
長野駅へ到着したら、歩いて善光寺へ行こうと決めていました。
ところが、予期しない事が発生しました。
またまた天気の話です。
とにかく、散歩は天気がよくなくてはなりません。
私は傘を持つのが大嫌いです。
今回も出発前に天気を確認しました。
関東から信州まで雨マーク無しの晴れの天気予報でしたから、安心して出かけたのに・・・・・
西武バスに乗車し、しばらくは天気良好そのものでした。
バスの車内に光が差し、熱いので、ほとんどの人がバスの窓ガラスにカーテンを引く程でした。
バスのフロントガラスに水しぶきが見えた時、この水がなんなのか、理解するまで時間がかかりました。
「え、雨」と思い、ふと横の窓を見るとドンヨリとよどんだ空が見えるではありませんか。
「そんな馬鹿な、ありえない」
ここまで来て、散歩できないなんて、絶対ありえない。
「きっと一時的な雨にちがいない、必ず晴れる」
ですが、長野駅に到着しても晴れません。
傘は勿論、持ってきていません。
ここまで来て、善光寺を訪れないなんて、ありえない。
とても寒い。
結論は「行け行け、どんどん」
何も考えず、雨にたたられながら善光寺まで歩きました。
なかなか、理解してもらえないかもしれませんが、ここでバスに乗るのは、私にとっては、とてもつまらない事なのです。
前前回川越散歩のブログでも雨降りの話でした。
もう、天気の話題は止めにしましょう。
善光寺へ無事到着、雨に濡れましたけど。
善光寺入場料金は500円。
「お戒壇(かいだん)めぐり」をご存知でしょうか。
地下の真っ暗な部屋を右手の壁だけを手がかりとして歩くのです。
時間は10分程度でしょうか。
歩きながら「極楽の錠前」を右手で探し当てて、触らなければなりません。
とにかく、真っ暗なのですから、中年の叔父さん叔母さん、若い女性の歓声が絶えません。
この部屋では、すべての明かりが禁止されています。
ところが、携帯電話の鳴る音が・・・ツルルルルウウウウ、ツルルルルウウウウ
時に近代文明はドッチラケを演出してしまう典型的な事例でしょう。
善光寺本堂を後にして、隣の善光寺資料館へ行きました。
去年も行きました。
「写経」をしました。
「写経」とは好きな漢字1文字を選択し記入し、さらに、お願いごとを記入します。
この用紙は「一字写経のご供養ご祈願」として来年1月15日に"お焚上げの浄火"として焼納されます。
昨年は"夢"、今年は"得"を一字にしました。
得を選んだ理由は知識、経験、運、友人、お金とほしい物は素直にほしいと思ったからです。
"夢"が"夢"のままでは進歩がありませんよね。
善光寺資料館から出た時、雨は上がっていました。
これで一安心!!
ここは「おやき」が有名なので「きのこ入りおやき」を食べました。
歩きながら食べるのが、たまらない旅気分なんですよ。
ご存知の通り「雨にたたれて善光寺参り」は誤りです。
「牛に引かれて善光寺参り」が正解です。
本当の意味を以下に記述します(少し、長い文章でごめん)
昔、信濃の国、小県の里に心が貧しい老婆がいました。ある日、軒下に布を干していると、どこからか牛が一頭やってきて、その角に布を引っかけて走り去ってしまいました。女はたいそう腹を立てて、
「憎たらしい。その布を盗んでどうするんだ。」
などと怒りながらその牛を追いかけていきました。ところが牛の逃げ足は早く、なかなか追いつきません。そうする内に、とうとう善光寺の金堂前まで来てしまいました。日は沈み牛はかき消すように見えなくなりました。ところが善光寺の仏さまの光明がさながら昼のように老婆を照らしました。ふと、足下に垂れていた牛の涎(よだれ)を見ると、まるで文字のように見えます。その文字をよく見てみると
うしとのみおもひはなちそこの道に
なれをみちびくおのが心を
と書いてありました。女はたちまち菩提の心(仏様を信じて覚りを求める心)を起こして、その夜一晩善光寺如来様の前で念仏を称えながら夜を明かしました。昨日追いかけてきた布を探そうとする心はもうなく、家に帰ってこの世の無常を嘆き悲しみながら暮らしていました。たまたま近くの観音堂にお参りしたところ、あの布がお観音さんの足下にあるではないですか。こうなれば、牛に見えたものは、この観音菩薩様の化身であったのだと気づき、ますます善光寺の仏さまを信じて、めでたくも極楽往生を遂げました。そしてこのお観音さまは今、布引観音といわれています。これを世に「牛に引かれて善光寺参り」と語り継いでいるので輪つぃあります。
(この説話は江戸時代後期の浮世絵師、東都錦朝楼芳虎の「牛に引かれて善光寺参り」と題する絵に添えられた文章を現代語訳したものです。)
(http://www.zenkoji.jp/houwa/index1.htmlより抜粋)
私の家の近所に善光寺があります。
なんか不思議ですよね。
あの長野の善光寺と同じ名称だなんて。
この謎が解けました。
長野の善光寺入口に詳細が記述されていました。
実は全国には善光寺という寺院が119もあるのです。
全国善光寺会という名称になっており、その集まりを嘘みたいな名称なのですが「善光寺サミット」と言います。
善光寺とサミット・・・・うううう〜ん、なんか違和感ありますよね。
なんと、今年も全国善光寺会へ5寺院も加入してるんですよ。
善光寺ご参拝の価値はあるのでしょうか。
今年一年、不幸が何も起こらなかった・・・・これだって価値といえば価値でしょう。
そもそも、ご参拝は自分の心の問題です。
受験合格するとか、金が儲かるとかを願うものではなく、普段の生活ができる事への感謝をするものらしい。
去年は善光寺と諏訪湖の旅でした。
今年は善光寺のみとしました。
来年は長野県の姥捨(うばすて)に行って見たいですね。
それでは、また、いつか
尾久を散歩する102
今日の話題は「奥多摩散歩と水琴窟」です。
前回の川越散歩を読んでくださった方にとって、結局、川越の観光地については、何も紹介しないで終わってしまいました。
そこで、今回の奥多摩散歩は観光地の魅力も十分に記述したいと思います。
私にとっては「やっと行くことができた奥多摩」こんな印象がとても強いんですよ。
行きたくて行きたくて、しかたありませんでした。
それはなぜか ?
東京は本当に人が多いと思います。
ですから、東京の田舎へ行ってみたかったのです。
確かに、奥多摩には人がいませんでした。
「田舎だ田舎」
馬鹿にしているわけではありません。
なんか、ほっとするんですよね。
ここは「熊出没注意」の看板がでていました。
こんな看板見るだけでも、嬉しくなってきます。
余談ですが、以前、お世話になっていた北海道の理髪店のご主人が面白い意見を述べていました。
「熊注意の看板に出会うと、そこから先には熊が多数いても、看板手前までは熊が一頭もいない」という錯覚に陥ると。
熊も"熊注意"の看板見ているんでしょうね きっと(私)
ところで、奥多摩に関する以下の名称、読めますか ?(答はブログの最後にあります)
1.古里・・・・青梅線の駅名です("ふるさと"ではありません)
2.小河内・・・奥多摩のダムの名称です
3.軍畑・・・・青梅線の駅名です
バス時間の関係で奥多摩湖を先に見学しました。
奥多摩湖は人口湖です。
元々は川だった渓谷をせき止めて、東京都の水瓶として昭和7年に事業が可決されました。
渓谷を人口湖にしたのですから、湖の形は丸っぽくなく、ぎざぎざした印象です、極端に言うと星型をてきどに伸ばした形をしています。
奥多摩湖に沈んだ村がありました。それが小河内村でした。
資料館によると、945世帯の移転と87名の尊い犠牲があり、戦争による中断もありましたが昭和32年に小河内ダムが完成しました。
村名がダムの名称になったようです。
小河内ダム横のハイキングコースは10月にならないと通れません。
理由は熊出没の影響らしい、たぶん、この時期になると熊も冬眠準備中なのでしょう。
九月下旬なのに、まだだ温度が高く、半袖が気持ちよく、ただただ、のんびりと奥多摩湖を見ていました。
観光客もまばらでした。
昔から9月10月は私なりの観光シーズンなんですよ。
なぜなら、比較的、観光地が閑散とする時期なので気分がゆったりできます。
次に訪れたのは「日原(にっぱら)鍾乳洞」です。
奥多摩湖から奥多摩駅に戻り、日原鍾乳洞行きのバスに乗りました。
ここのバス区間は平日ならば日原鍾乳洞までバスで行けるのですが、観光客の多くなる土曜日曜祝日は、鍾乳洞手前のバス停までしかバスが来ません。
ですから、土曜日曜祝日のバス利用観光客は、鍾乳洞手前のバス停から鍾乳洞まで30分、徒歩で往復1時間歩かなければなりません。
この件について、奥多摩駅の観光案内で確認しました。
「道路事情が良くなく、観光客や車が多くなると、路線バスは交通の妨げになる」と説明を受けました。
確かに、道幅狭く、駐車場も狭く、説明を聞けば「なるほど」と実感できました。
本当に、そこまでしても行きたい鍾乳洞なのでしょうか。
水琴窟(すいきんくつ)とは水滴の音が"美しい音"に聞こえる状態を言います。
私なりの感覚では"オルゴール"のような音と言うべきでしょうか。
鍾乳洞内の水琴窟にて魅了された私は、そこから動けなくなってしまいました。
何分聞いていたのでしょう。
もう一度、そこまでしても行きたい鍾乳洞なのでしょうか。と聞かれたら「そこまでしても行きたい鍾乳洞です」が私の結論です。
日原鍾乳洞の入場料金は600円です。
水琴窟の美しい水滴音は、たとえ、往復一時間歩いたとして、600円払っても、あなたを後悔させないでしょう。
鍾乳洞内は、かなり傾斜のある狭い階段もあり、お年寄りには危険だと思います。
水滴があちらこちらから垂れており、ジャンパーなんかを羽織った方が良いでしょう。
前日が雨だと、水滴はさらに多くなるらしい。
そして、なぜか、鍾乳洞散歩の時だけは、アベックがとても羨ましくなります。
前回の鍾乳洞って、いつだったかを思い出してみましたが、しばらく思い出せませんでした。
たぶん、平成7年に訪れた山口県の秋芳洞以来だと思う。
いつも、いつも、鍾乳洞だけは「後ろ髪を引かれる」思いで後にします。
観光をもっとも強く感じさせる場所、それが、鍾乳洞ですよね。
しかも、東京都にあるなんて、それだけでもワクワク嬉しくなります。
それでは、また、いつか
ああああ、忘れてた。
読み方の解答
1:こり
2:おごうち
3:いくさばた でした。
読めましたか?
前回の川越散歩を読んでくださった方にとって、結局、川越の観光地については、何も紹介しないで終わってしまいました。
そこで、今回の奥多摩散歩は観光地の魅力も十分に記述したいと思います。
私にとっては「やっと行くことができた奥多摩」こんな印象がとても強いんですよ。
行きたくて行きたくて、しかたありませんでした。
それはなぜか ?
東京は本当に人が多いと思います。
ですから、東京の田舎へ行ってみたかったのです。
確かに、奥多摩には人がいませんでした。
「田舎だ田舎」
馬鹿にしているわけではありません。
なんか、ほっとするんですよね。
ここは「熊出没注意」の看板がでていました。
こんな看板見るだけでも、嬉しくなってきます。
余談ですが、以前、お世話になっていた北海道の理髪店のご主人が面白い意見を述べていました。
「熊注意の看板に出会うと、そこから先には熊が多数いても、看板手前までは熊が一頭もいない」という錯覚に陥ると。
熊も"熊注意"の看板見ているんでしょうね きっと(私)
ところで、奥多摩に関する以下の名称、読めますか ?(答はブログの最後にあります)
1.古里・・・・青梅線の駅名です("ふるさと"ではありません)
2.小河内・・・奥多摩のダムの名称です
3.軍畑・・・・青梅線の駅名です
バス時間の関係で奥多摩湖を先に見学しました。
奥多摩湖は人口湖です。
元々は川だった渓谷をせき止めて、東京都の水瓶として昭和7年に事業が可決されました。
渓谷を人口湖にしたのですから、湖の形は丸っぽくなく、ぎざぎざした印象です、極端に言うと星型をてきどに伸ばした形をしています。
奥多摩湖に沈んだ村がありました。それが小河内村でした。
資料館によると、945世帯の移転と87名の尊い犠牲があり、戦争による中断もありましたが昭和32年に小河内ダムが完成しました。
村名がダムの名称になったようです。
小河内ダム横のハイキングコースは10月にならないと通れません。
理由は熊出没の影響らしい、たぶん、この時期になると熊も冬眠準備中なのでしょう。
九月下旬なのに、まだだ温度が高く、半袖が気持ちよく、ただただ、のんびりと奥多摩湖を見ていました。
観光客もまばらでした。
昔から9月10月は私なりの観光シーズンなんですよ。
なぜなら、比較的、観光地が閑散とする時期なので気分がゆったりできます。
次に訪れたのは「日原(にっぱら)鍾乳洞」です。
奥多摩湖から奥多摩駅に戻り、日原鍾乳洞行きのバスに乗りました。
ここのバス区間は平日ならば日原鍾乳洞までバスで行けるのですが、観光客の多くなる土曜日曜祝日は、鍾乳洞手前のバス停までしかバスが来ません。
ですから、土曜日曜祝日のバス利用観光客は、鍾乳洞手前のバス停から鍾乳洞まで30分、徒歩で往復1時間歩かなければなりません。
この件について、奥多摩駅の観光案内で確認しました。
「道路事情が良くなく、観光客や車が多くなると、路線バスは交通の妨げになる」と説明を受けました。
確かに、道幅狭く、駐車場も狭く、説明を聞けば「なるほど」と実感できました。
本当に、そこまでしても行きたい鍾乳洞なのでしょうか。
水琴窟(すいきんくつ)とは水滴の音が"美しい音"に聞こえる状態を言います。
私なりの感覚では"オルゴール"のような音と言うべきでしょうか。
鍾乳洞内の水琴窟にて魅了された私は、そこから動けなくなってしまいました。
何分聞いていたのでしょう。
もう一度、そこまでしても行きたい鍾乳洞なのでしょうか。と聞かれたら「そこまでしても行きたい鍾乳洞です」が私の結論です。
日原鍾乳洞の入場料金は600円です。
水琴窟の美しい水滴音は、たとえ、往復一時間歩いたとして、600円払っても、あなたを後悔させないでしょう。
鍾乳洞内は、かなり傾斜のある狭い階段もあり、お年寄りには危険だと思います。
水滴があちらこちらから垂れており、ジャンパーなんかを羽織った方が良いでしょう。
前日が雨だと、水滴はさらに多くなるらしい。
そして、なぜか、鍾乳洞散歩の時だけは、アベックがとても羨ましくなります。
前回の鍾乳洞って、いつだったかを思い出してみましたが、しばらく思い出せませんでした。
たぶん、平成7年に訪れた山口県の秋芳洞以来だと思う。
いつも、いつも、鍾乳洞だけは「後ろ髪を引かれる」思いで後にします。
観光をもっとも強く感じさせる場所、それが、鍾乳洞ですよね。
しかも、東京都にあるなんて、それだけでもワクワク嬉しくなります。
それでは、また、いつか
ああああ、忘れてた。
読み方の解答
1:こり
2:おごうち
3:いくさばた でした。
読めましたか?
尾久を散歩する101
今日の話題は「雨にたたられた川越散歩」です。
9月22日(木)平日ではありますが、休暇が取れ、かつ、夜は大宮にて用事もあり、朝、突然、川越へ行こうと決意。
埼玉県の川越は「小江戸」と呼ばれ、人気の観光地になっています。
赤羽からは埼京線だけで川越へ行けると、当日、気がつき「近いんだ」と変に驚く。
天気予報を確認すると「晴れのち曇」(だったはず)
10年以上前に川越へ行った記憶があるのですが、思い出がまったく無く、偶然入店したトンカツ屋のご主人の顔が春風亭柳昇さん(故人)に似ていたのが唯一の思い出らしい川越の思い出でした。
JR川越駅について、観光案内所で情報確認をしました。
川越観光をする為には、バスに乗って、仲町で降りなければならない事が判明。
しかし、このバス、平日であるにもかかわらず進みが遅く、駅を出発直後、東武東上線の手前を右折するだけで、かなりの時間を要しました。
「なんで、こんなに進まないんだろう」と信号を確認してみると、青信号の無い信号でした。
青信号部分は赤信号になっており「チカ、チカ、チカ」とする短い時間でのみ右折が可能なわけです。
交通量の少ない場合には良く見かける信号ですが、これだけ交通量の多い箇所の信号としては珍しいのではないでしょうか。
右折後もやや渋滞の状況。
あらためて「今日、平日だよなあ」と感心するしかありません。
そう言えば、観光案内の人が「交通量が多いので、観光中は気をつけてくださいね」と言ってたなあ。
仲町に着いて驚いたのは、観光地のど真ん中を通る道路が主要道路になっていました。
交通量の多い、道幅の狭い道路脇を多数の観光客が歩いているわけです。
私も観光地は多数訪れていますが、とても珍しい光景だと思う。
大きな観光地ならば、主要道路と観光地は分けているはず、あるいは、少なくても道路幅はそれなりにあるはず。
観光客の多い土曜日曜ならば、短い道路幅内に渋滞車輌と多数の観光客が歩いている状態は、どう考えても危険です。
一方通行の案もあるようですが「一方通行反対」の看板も立てられていました。
どう考えても「長年の行政の失敗だよな」と思いながら、万人が納得する解決策って難しいんですね、みなさん、生活がかかってますから。
仲町のおそば屋さんにて食事中、なんと、ゲリラ豪雨のような突然の雨。
「え、今日は晴れのち曇りのはず、そんな馬鹿な」と、私は傘を持ってきていません。
ですが、外を見ると傘を持っている人が多数歩いているではありませんか。
「今日は晴れのち曇り」のはずと思いながら、私の確認した天気予報は「東京都の天気」でした。
埼玉県の天気予報を確認しなかった私のミスと思いながら、なんか腑に落ちない気持ち。
いつまでも、おそば屋さんにて、雨宿りをし続けるわけにはいきません。
そこで、もう一品注文しました。
「お願い、次の注文を食べ終わるまでに、雨よ上がってくれ」と祈る私。
横で食べていた中年女性客の会話。
「通り雨に見えないよねえ」
「夜まで降るんじゃないの」
絶望的な会話を聞きながら、途方にくれる私。
確かに、雨が弱まる気配はありません。
結局、バスでJR川越駅に帰る事にしましたが、問題はどこで雨宿りをするかです。
店員にバス停を確認すると、道路を渡った銀行ATM店舗前がバス停でした。
ATM店舗って、ATM機を利用せず、勝手に入店し雨宿りしても注意されません。
まさに、不幸中の幸いでしょう。
私含めて5,6人が雨宿りしていました。
後はバスが来たら、飛び乗れば良いわけです。
バスに乗った時は、安堵感に慕っていました。
バスがJR川越駅に着くと、なんと、ゲリラ豪雨は上がっていました。
「やっぱりな、今日、雨降るはずないもの」と思いながら、怒りの気持ちも無く「また、来れば良い」と落ち着きを取り戻しました。
私のブログって、予期しない事、アクシデント、偶然な出会い 等、が起こって記述できるんですよね。
もし、川越散歩が順調なら、つまらないブログ内容になってしまいます。
ならば、私のブログよりも川越市の観光案内を見た方が良いでしょう。
あらためて「アクシデント歓迎」
冷静に考えると、今までも散歩したからといって必ずブログに記述しているわけではありません。
順調ではない事が起きるからこそ、ブログに書きたくなるわけです。
今年4月の伊豆半島の海岸も、あれだけ長時間散歩したのもかかわらず、ブログとしては記述していません。
桜満開でしたが、今、思うと順調すぎたからこそブログに書けなかった自分の気持ちが理解できました。
次回の川越散歩が順調なら、ブログには記述しないかもしれません。
前回の100回目から、今回の101回目は期間置かずに書きました。
「え、もう書いたの」と思ってくださったら、とってもうれしいですね。
101回目を書いた以上、これからもブログは書くんでしょうね。
ところで、ブログの終了って、いつなんですかねえ。
しばらくは、ブログの終了は考えない事にします。
それでは、また、いつか
9月22日(木)平日ではありますが、休暇が取れ、かつ、夜は大宮にて用事もあり、朝、突然、川越へ行こうと決意。
埼玉県の川越は「小江戸」と呼ばれ、人気の観光地になっています。
赤羽からは埼京線だけで川越へ行けると、当日、気がつき「近いんだ」と変に驚く。
天気予報を確認すると「晴れのち曇」(だったはず)
10年以上前に川越へ行った記憶があるのですが、思い出がまったく無く、偶然入店したトンカツ屋のご主人の顔が春風亭柳昇さん(故人)に似ていたのが唯一の思い出らしい川越の思い出でした。
JR川越駅について、観光案内所で情報確認をしました。
川越観光をする為には、バスに乗って、仲町で降りなければならない事が判明。
しかし、このバス、平日であるにもかかわらず進みが遅く、駅を出発直後、東武東上線の手前を右折するだけで、かなりの時間を要しました。
「なんで、こんなに進まないんだろう」と信号を確認してみると、青信号の無い信号でした。
青信号部分は赤信号になっており「チカ、チカ、チカ」とする短い時間でのみ右折が可能なわけです。
交通量の少ない場合には良く見かける信号ですが、これだけ交通量の多い箇所の信号としては珍しいのではないでしょうか。
右折後もやや渋滞の状況。
あらためて「今日、平日だよなあ」と感心するしかありません。
そう言えば、観光案内の人が「交通量が多いので、観光中は気をつけてくださいね」と言ってたなあ。
仲町に着いて驚いたのは、観光地のど真ん中を通る道路が主要道路になっていました。
交通量の多い、道幅の狭い道路脇を多数の観光客が歩いているわけです。
私も観光地は多数訪れていますが、とても珍しい光景だと思う。
大きな観光地ならば、主要道路と観光地は分けているはず、あるいは、少なくても道路幅はそれなりにあるはず。
観光客の多い土曜日曜ならば、短い道路幅内に渋滞車輌と多数の観光客が歩いている状態は、どう考えても危険です。
一方通行の案もあるようですが「一方通行反対」の看板も立てられていました。
どう考えても「長年の行政の失敗だよな」と思いながら、万人が納得する解決策って難しいんですね、みなさん、生活がかかってますから。
仲町のおそば屋さんにて食事中、なんと、ゲリラ豪雨のような突然の雨。
「え、今日は晴れのち曇りのはず、そんな馬鹿な」と、私は傘を持ってきていません。
ですが、外を見ると傘を持っている人が多数歩いているではありませんか。
「今日は晴れのち曇り」のはずと思いながら、私の確認した天気予報は「東京都の天気」でした。
埼玉県の天気予報を確認しなかった私のミスと思いながら、なんか腑に落ちない気持ち。
いつまでも、おそば屋さんにて、雨宿りをし続けるわけにはいきません。
そこで、もう一品注文しました。
「お願い、次の注文を食べ終わるまでに、雨よ上がってくれ」と祈る私。
横で食べていた中年女性客の会話。
「通り雨に見えないよねえ」
「夜まで降るんじゃないの」
絶望的な会話を聞きながら、途方にくれる私。
確かに、雨が弱まる気配はありません。
結局、バスでJR川越駅に帰る事にしましたが、問題はどこで雨宿りをするかです。
店員にバス停を確認すると、道路を渡った銀行ATM店舗前がバス停でした。
ATM店舗って、ATM機を利用せず、勝手に入店し雨宿りしても注意されません。
まさに、不幸中の幸いでしょう。
私含めて5,6人が雨宿りしていました。
後はバスが来たら、飛び乗れば良いわけです。
バスに乗った時は、安堵感に慕っていました。
バスがJR川越駅に着くと、なんと、ゲリラ豪雨は上がっていました。
「やっぱりな、今日、雨降るはずないもの」と思いながら、怒りの気持ちも無く「また、来れば良い」と落ち着きを取り戻しました。
私のブログって、予期しない事、アクシデント、偶然な出会い 等、が起こって記述できるんですよね。
もし、川越散歩が順調なら、つまらないブログ内容になってしまいます。
ならば、私のブログよりも川越市の観光案内を見た方が良いでしょう。
あらためて「アクシデント歓迎」
冷静に考えると、今までも散歩したからといって必ずブログに記述しているわけではありません。
順調ではない事が起きるからこそ、ブログに書きたくなるわけです。
今年4月の伊豆半島の海岸も、あれだけ長時間散歩したのもかかわらず、ブログとしては記述していません。
桜満開でしたが、今、思うと順調すぎたからこそブログに書けなかった自分の気持ちが理解できました。
次回の川越散歩が順調なら、ブログには記述しないかもしれません。
前回の100回目から、今回の101回目は期間置かずに書きました。
「え、もう書いたの」と思ってくださったら、とってもうれしいですね。
101回目を書いた以上、これからもブログは書くんでしょうね。
ところで、ブログの終了って、いつなんですかねえ。
しばらくは、ブログの終了は考えない事にします。
それでは、また、いつか





